いっぱい泣かせてしまったから次はいっぱ

いっぱい泣かせてしまったから次はいっぱ

いっぱい泣かせてしまったから次はいっぱい笑わせると入江は約束した。

この人は約束を守ってくれる。三津はこの上ない安心感に包まれていた。

だけどここまでの来るのに疲れただろう。労うどころか気を遣わせて申し訳ない。

「帰ってゆっくりしましょうか。」

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「はいはい,帰りましょうねー。」

このやり取りも出来るのが嬉しくて三津はふふっと笑いながら入江の前を歩いた。

「文さんただいまー!入江さん来てくれましたよー!」

玄関から声をかけるも返事がなく見れば玄関に草履もない。

まだ実家の手伝いから戻ってないのか?と思いながら居間に行くと書き置きがしてあった。

“今日は実家に泊まるのでごゆっくり”

「文ちゃんまたいらん事を……。」

入江が溜息と共に額に手を当てた。

「文さんは来るの知ってたんですね?私にも教えてくれたら良かったのにー。」

少し不貞腐れながら入江には客間を使ってもらおうと案内して戸を開ければ,そこには一組の布団に枕が二つ並べられていた。

「文さん……。」

それには三津も顔を引き攣らせた。

「そんなつもりで来たんやないけぇ安心して……。」

入江も流石にこれは後で叱っとくからと深い深い溜息をついた。

「……お茶淹れるんで居間で待っててください。」

「うん,ありがと。」

台所へ行く三津の背中を見送ってから荷物を置いて,二つ並んだ枕の一つをぽいっと押入に投げ入れた。

「何やろなぁ。話したい事いっぱいあるのに何も言葉が出てこんそっちゃ。」

入江は満足げに目を細めて向かいに座る三津の姿を目に映す。三津はあんまり見られると恥ずかしいからと苦笑いで視線をあちこちに彷徨わせた。

「見るくらい許してや明後日の朝にはここを発つ。やけぇしっかり見ときたいそ。」

そうしたところでその姿と温もりがなければすぐ寂しくなるけどと肩を竦めた。

「二人きりにしてもらえたけぇ京におった時みたいに過ごせるな。あれはあれで私からすればいい生活やった。」

「私も外に出れん以外は楽しく過ごしてましたよ。」

「三津は京に帰りたいとは思わん?」

「京に居るみんなには会いたいです。でも安心して暮らされへんし,あっちはあっちであの人との思い出の場所ばっかりあるから……。」

きっと良い事ばかりを思い出して辛くなるだけと弱々しく笑った。

それなら新しい土地で一からやり直す方がいいし,自分を仲間と言ってくれる文達も居るから心強い。

自分の居場所はもうここなんだ。「こっち来て色々苦労あったやろ?心配かけんように文には書かんかったやろうけどちゃんと教えてや?」

やっぱりそこも気付かれていたか。三津はすみませんと笑って謝った。

「苦労というか余所者扱い受けたぐらいで,それも私の京言葉が珍しいから見世物になっただけなんで大したことは。

でもびっくりしました!町の人ほとんど顔見知りなんですね!」

「顔見知りか親戚よ。京や江戸,大阪なんかは色んな国の人が出入りするけぇ余所の人が混じっちょっても気にならんが田舎はそこで生まれてそこで育った人しかおらんけぇね。

お店での様子見た限り受け入れられとる感じやったけぇ安心した。」

三津はそれは良かったと笑みを浮かべた。ごく一部には目を付けられているがそれは黙っておこうと思った。

「もし三津に怪我させるような奴がおったら言ってな?私が説教しちゃるけ。」

にっこり微笑まれてギクッと肩を揺らした。

「大丈夫です!大丈夫!」

そう?と笑顔のまま首を傾げる入江に向かって何度も首を縦に振った。

「相変わらず嘘が下手や。文ちゃんが早々に怪我させてもたって詫びの書状送ってきたそ。」

「詫びって……文さんのせいやないのに。」

「うん,それは私も言っておいた。やけえ気に病むなと。まぁ私も腹立ったけぇそいつらに一言言わんと気が済まんと思ったんやけど……三津がそれを望まんのなら何もせん。」

入江はにじり寄って三津の額に手を当てた。

「傷が残っとったら容赦せんかったけど。」

「九一さんは女子にそんな事出来ないですよ。」

自分の代わりに怒ってくれるだけでも充分と伝えた瞬間に入江の腕の中に引き込まれた。

「側で守れんでごめん。」

少し沈んだ声に三津はふぅと息を吐いた。

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